飯田線旧国1983−制御車1
2扉クロスシート系制御車と、荷物郵便合造制御車編です。

クハ47

クハ47はもともと戦前の横須賀線用2扉クロスシート車モハ32の制御車に与えられた形式でした。モハ32は電動車は17m級でしたが、制御車・付随車は20m級でクハ47も20m級車輛でした。クハ47にはその後、京阪神向けモハ42一族の制御車クハ58が100番台として編入されました。末期飯田線には、2輌のモハ32一族のクハ47と1輌のモハ42一族のクハ47100番台が活躍しました。


さよなら運転の先頭に立つクハ47069

クハ47069は1983年8月21日伊那松島−中部天竜間に走った最後の飯田線旧国さよなら運転(飯田線旧国最後の営業運転)の先頭に立ちました。このさよなら運転は、クハ47069+クモハ54+クハ47009+クモハ53008という編成で、2輌の32系列のクハ47が使用されました。(今にして思えば2扉クロスシート車で座席定員が多かったからかも…)


クハ47069


クハ47069


ゼロハチとペアを組んでいたクハ47009(2輌目)

モハ32系列のクハ47は、他の飯田線旧国達より一世代前の車輛といえるもので、一段とクラシカルな車両でした。例えば荷物合造車以外で前面非貫通の車輛はこの2輌のクハ47のみでしたし、リベット(鋲)を打ってある数も他のリベット付の車輛と比べても多かったと記憶しています。それだけではなく、間近で見ると明らかに他車とは世代が違うと感じさせる何かがありました。


クハ47069室内

同じ2扉クロスシート車でも窓割・シート配置はモハ42一族のそれとは異なり、窓脇のみにあったロングシート部が短く、クロスシート部が多い配置でした。


2つのタイプのクハ47を組みこんだ編成 クハ47104(1輌目)・クハ47069(3輌目)


クハ47104


クハ47104

上記モハ32系列のクハ47に対しモハ42一族のクハ47104の車体は前面・側面ともにクモハ43015などとほぼ同一でした。室内の配置もトイレが付く以外はクモハのそれと同じでモハ32系列のクハ47とは異なるものでした。最後までクモハは3輌も残っていたのでモハ43015・クモハ53000・クモハ53001の何れかとペアを組んでいれば編成美を発揮できたのにと思うと残念です。

クハユニ56

飯田線の旧国にアクセントをつけて面白みを加えていたのがこれら郵便荷物合造制御車です。形式は全てクハユニ56で室内は前述クモハユニ64と異なりクロスシートでした。クハニ67に郵便室を設けたグループと、モハユニ未電装出場タイプがあり、前車には種車の違いからシルヘッダ付きのものとノーシルノーヘッダのものがありました。向きは全て豊橋寄りで、2輌編成・4輌編成の場合も常に先頭に出て4輌編成時には他のクハ・クモハの先頭に立つ機会を減らしていたともいえます。ただし、先頭に荷物専用車クハニ83100番台がつく3輌編成の場合もありこのときばかりは先頭の座を譲りました。


クハユニ56(元クハニ67シル・ノヘッダ付タイプ)


クハユニ56(元クハニ67ノーシル・ノーヘッダタイプ)


クハユニ56(元クハニ67ノーシル・ノーヘッダタイプ)

窓割はこんな感じで、先頭から運転室・荷物室・郵便室・客室でした。鉄道郵便や小荷物扱いが廃止となって久しい現在、今後絶対に現われない種類の車輛です。


クハユニ56(元クハニ67ノーシル・ノーヘッダタイプ)

半流にノーシルノーヘッダそれに非貫通という特徴的な面構えです。


クハユニ56(モハユニ未電装出場タイプ)


クハユニ56(モハユニ未電装出場タイプ)

これらのモハユニ非電装出場タイプは、本来なら同じく飯田線末期まで活躍したクモハユニ64同様の車輛になるはずでしたが、出場時の経済状況(戦時中の物資不足)が最期まで影響し遂に電装化されないまま一生を過ごした車輛でした。ただし電装化されなかったため、飯田線に存在したクハニ改クハユニに同化し共通で運用に当たることができ、それが延命に繋がったともいえると思います。